・拘束しておきながら、クラウディアに指一本触れないガーダインは紳士だなあ。このままではカイオス長官の貞操がヤバイ!どうしよう!とか思っていた私がアホらしくなるくらいです。ちょっとくらい手を出したっていいじゃない!
キッズアニメだからか!今更キッズアニメらしからぬド汚い展開を山ほどやっておいて何を今更……
・『起動コード教えてください→いやです→じゃあ直接宇宙行って起動するからいいです。あなたを爆殺します』この流れはコントのようでたいへんおもしろかったです。なんでわざわざ拉致った。
ホイホイ教えてくれると思ってたんでしょうか。
・33話で、クラウディアと目線を合わせるためにひざを折って顔を覗き込むガーダインもえす。
・34話で、クラウディアに声を荒げるビショップさんを手で制止するガーダインもえす。
・演説中に暗殺(失敗)→国防基地ごと爆殺(失敗)→NICSごとレーザーで焼殺(たぶん失敗するというかほぼ失敗しているような……追記:失敗してましたが、マミーさんが代わりにぶっ放そうとしています。間接的に成功なるか?!)
都合三回はクラウディアを殺そうとしているガーダイン……そんなにか……そんなに殺したいか……
危険な目には遭うけど、なんかこういつも助けの手が間に合うので何とか生き延びる人って、いるよね。
そういうのも政治家の才能だと思うデヨ。
・いわゆるタカ派とハト派、なんでしょうな。タカおじさんとハトおばさん。自分が正しいと思うものに向かって真っすぐ飛んで、ジェットエンジンにぶっ刺さったり、窓ガラスにぶち当たったりする。
おおまじめに世界を変えようとする政治家なんてそんなもんなんでしょうか?
起動コードを教えていただきたい。
お断りします。
どうしても?
どうしても。
国防基地の薄暗い部屋で、大統領クラウディア・レネトンと副大統領アルフェルド・ガーダインは、世界のありかたについて議論を交わし、同じ問答に辿りつき、そしてまた振出しに戻る、というやりとりを繰り返していた。
正義とは何か。政治とは。世界をよりよい方向に変えるため必要なのは何か。
調和か。支配か。歩み寄る心か。操る力か。
クラウディアはガーダインを力に溺れた心無いけだものと罵り、ガーダインはクラウディアを盲目の幼い夢想主義者と嘲った。お互いに掲げた自らの正義を譲ることはできず、また相手の正義を受け入れることはできなかった。対照的に見える二人は、その信念の強さ(或いは頑固さ)についてはむしろ相似的であった。
その様を周囲の人間――ドクター・マミーは楽しそうに、オーウェン・カイオスは苦渋の色を浮かべ、ビショップを含めたガーダインの部下達は無表情のまま、見守っていた。
やがて幾度目かの堂々巡りの末、ガーダインが先にしびれを切らす。
「よろしい、あなたの聞き分けのなさはわかりました。これ以上の話し合いは時間の無駄でしょう……」
さっと手を挙げると、部下達が素早く駆け寄ってカイオスを拘束する。抵抗も虚しく、引きずられるようにして扉の向こうへと消えていくカイオスを見送ると、ドクター・マミーもゆっくりと電動車椅子を動かして出て行こうとした。
しかしドクター・マミーは一瞬動きを止め、ガーダインに向かってかすれた声で呟いた。
あまりじかんがない。てみじかにすませることだ。
やはつるをはなたれたのだ。
「……言われるまでもない」
……ひひひ。
引きつった笑いを浮かべ、今度こそドクター・マミーは部屋を去った。ガーダインは訝しげに鼻を鳴らし、カイオスが座っていた椅子を引き寄せ、クラウディアの正面に腰掛ける。
「さて、人払いも済みました。ここからはいささか乱暴に尋ねるより他にないでしょうからな」
「構いません。くれぐれもカイオス長官に手荒な真似はしないよう、部下によく言って聞かせておいてください」
「もちろんですとも。あなたが、私の質問に答えていただけるなら。すべてあなた次第ですよ、大統領」
「私もあなたに質問したいことがあります……楯突くものをレーザーで殲滅させるような、暴力で支配する世界こそ正義だと、本当に信じていますか」
「民衆とはすなわち獣です。ルールを破ったものには痛みを以て制裁が下されるということを実例によって教え込まねば、未来永劫変わらない。柵に触れれば電流が走る。だから放牧中の牛は外へ逃げ出さない。そういうことです。そういうシステムを人間にも適用しなければならない。
話し合えば分かり合えるだの、対等な関係だの、薄っぺらいきれいごとは世界に何ももたらさない。
悪が正しく裁かれる世界を構築するためには、絶対的な力こそが必要なのです。
天に罪人を裁く神がいないことを知り、立ち上がって行動を起こした私にこそ、神の玉座に昇る資格がある。
そして力を制御する知恵がある」
「おろかな」クラウディアがゆっくりとかぶりを振る。「その善悪の判断を、あなた個人で下すのでしょう?なんということ……
あなたは『自分』が力を振りかざしたいだけです。正義を為すという大義名分の下に世界を掌握したいなど、まるで常軌を逸した独裁者ではありませんか」
「心外ですな。私は真に正義を執行したいと考えています」
「なら、なおのこと厄介です。エマニュエル・レヴィナスが言うとおり、『正義というものを一度に全社会的に実現しようとする運動は、必ず粛清か、強制収容所か、あるいはその両方を持ち出すようになる』。
想像力を働かせ、ひとを愛し、一時的激情や恍惚や背徳的快楽に良心を失わず、ひとりひとりがたゆまぬ努力により少しずつ自分の足元から善行を積み増しすることでしか、世界を良い方向へ変えることはできません。
そのためには……」
クラウディアが口を閉ざす。俯いた横顔がモニターの淡い光に照らされる様は、ステンドグラスの前で祈りを捧げる修道女のようだった。己が奉じる神のためにいかなる責め苦にも耐え、黙って殉教する敬虔な信徒そのものだ。
ガーダインはむかむかと胃の底から吐き気が這い上がってくるのを感じた。ガーダインは宗教家とか信者とかいう類のものが嫌いだ。愚か者のくせに口だけは堅い。何も知らないくせに生意気な口を利き、こちらの正義を悪と決めつけてかかってくる。被害者のような顔をして。
いっそ本当に痛めつけてやってもいいのだ、と思う。どうせ殺すのだ。あの虫唾が走る演説の真っ最中に、過去の偉人のように大衆の目の前で殺されるはずだったおんな。周囲に裏切り者がいるなどと夢にも思っていなかった呑気なおんなだ。必要な情報を吐きさえすれば用済みだ。用済みどころか邪魔なのだ。
そう思ってはいるのだが、ガーダインはなぜかクラウディアに乱暴な真似ができなかった。カイオスともども拉致する時でさえ、護送するかのように丁重に扱ってしまった。なぜ?
この計画のために何人も平然と葬ってきた自分が、なぜ。
ガーダインはしかし、一瞬浮かんだその疑問を振り払った。そんな些細なことはこの際どうだっていい。
起動コードだ。
手に入れなければならないものを、何としても手に入れなければならない。
それだけのことだ。
あまりじかんはない。てみじかにすませることだ。
やはつるをはなたれたのだ。
掠れた声が耳の奥で再生される。
矢は弦を放たれたのだ。
ガーダインは腕を伸ばし、クラウディアの髪に触れた。もう片方の腕で手首を掴み、体ごと引き寄せる。はずみで椅子が倒れる音がした。
「!何を、」
「黙りなさい」
髪留めが外され、きつく結い上げて巻いた三つ編みは太い指に梳かれてほどけ、くすんだ長いブロンドが波打つ。そのまま後頭部から耳の後ろを通り、首へと添えられた。
指先に伝わる脈が速い。動揺している。
その事実にガーダインは喜びと、遠い微かな欲望を感じた。
「最終通告だ。衛星管理センターの起動コードを教えろ、クラウディア・レネトン。
……政治家生命と、ご自身の命、どちらが大切なのです?」
「……殺すなら殺せばいいでしょう。好きなようにすればいい。私は独身ですし、父母は既に亡くなっています。親類というものもあまり縁がありません。私の不在で政治は一時的に混乱するかもしれませんが、私には味方がいます。
志を同じくし、世界を穏やかにしていこうと努力してくれる人が。
ガーダイン、あなたの理想には、根本的な欠陥があります。
あなたの理想は、あなたなしでは回すことができない。アルフェルド・ガーダイン個人にあまりにも依存している。時が経ち、あなたが老いて死んだあとのことを何も考えていない。
あなたの次に衛星を操る人間が、あなたとまったく同じ考えを持つでしょうか? そのひとがとてつもない考えなしの乱暴者で、レーザーをおもちゃ代わりにして殺戮をする人間ではないと胸を張って言えますか?
政治に携わる者の使命は、人が人を保護するために構築したシステムが、暴走して人を損なわないように制御し、次の世代へつないでいくことです。
治安維持が弾圧に走らないよう、血税が不当な無駄な使われ方をしないよう、絶えずそれらと向き合い、国民の意見に耳を傾け、議論を交わし合い、ひとつひとつおかしなところを直していく。
絶えずどこか壊れている機械の部品を取り換えながら使い続けるように、その営みに終わりはなく、完璧な対策もありません。
つなぎつづけるしかないのです。
私はまだ、大統領として果たすべきことを何も果たしていない……しかし、今ここでとるべき行動はたったひとつ、あなたに屈服しないことです。
だから、起動コードは教えられない。
……もう、愚かなことはやめなさい、アルフェルド。私は、己の保身のために世界を売るほど、自分を愛していない……
あなたの力で、私を従えることはできない!」
恐怖を振り払い、クラウディアが言い放った瞬間、ガーダインはその全身に光がほとばしるような錯覚を感じた。腕の中にすっぽりと収まるきゃしゃでちっぽけなおんなが見せた狂気じみた威圧感に、意図せずガーダインの巨躯がこわばる。
しかしそれを、怒りがさらに上回る。
「……この期に及んでご高説とは……まだお分かりにならないようだ。ご自身の立場というものを。
愚かなのはあなたの方だ!
世界の半分しか見えていない、夢見がちなか弱い小娘は、何一つ為しえないのだ!
私の言うことを聞け! 弱者よ!」
ガーダインの指が、クラウディアの細い白い首に喰い込む。
か細い絶叫が、ちぎれて消えた。
***
はじまりは、父の無念を晴らすためだった。
しかし父の夢を継いで始めたはずの長い長い戦いの中で、次第にガーダインは過去を思い出さなくなっていった。そして今や彼は力を手に入れるために力を欲していた。強い力、それに伴って己の思うままに邪魔者を駆逐できるというどす黒い愉悦と全能感に、もはや抗えないほど魅了されていた。
だからいったいどれほどの間首を締め上げていたのか、自分でもわからなかったのだ。
はっと我に返って手の力を緩めると、糸が切れた人形のように力なくクラウディアがくずおれる。ガーダインは反射的に抱き寄せ、乱れた髪を分けて顔を覗き込んだ。
まさか、本当に、死んでしまった? そんなはずがない。そんなはずが。
「クラウディア……クラウディア!!!!」
「…………ぅ…………」
微かな呻き声がクラウディアの薄く開いた唇から洩れた。瞼が二、三度痙攣したのちうっすら開かれ、ぼんやりとうつろなまなざしが中空をさまよう。
やがて状況を把握したのか、その灰色の瞳がガーダインを鋭く睨み付けた。酸欠で全身が痺れ、体をうまく動かせず、思うように口もきけないクラウディアは、辛うじて自由がきくその視線でガーダインを拒絶したのだ。怒りと悲しみを湛えた双眸――そこには、在りし日の父がいた。
己を裏切った世界を恨み、無力を嘆いて死んでいった父、暗い部屋で衰弱していった父。強い者に弱いものが虐げられることのない世界を夢見たガーダインの父が、今、自分の腕の中で、死にかけながら、自分を睨み付けている。
ガーダインは混乱した。
誰がこんなことを?
誰が父を損なったのだ?
暴力で父をねじ伏せたのは、それは、
それはだれでもないおれだ!
閉ざされた部屋中に響く大声でガーダインは吠えた。慟哭がモニターをびりびりと震わせた。
けして手放すまいと大事に抱えていたものを、とうの昔に自ら捨ててしまっていたことを思い知り、虐げられていたはずの自分がいつのまにか虐げる側に立っていたことを思い知らされた。その凄絶な矛盾が彼の心に突き刺さり、生暖かい血が噴き出す。
ガーダインは咽び泣き続けた。再び意識を失いクラウディアの瞳が閉じられてもその眼差しに怯え、泣き続けた。流れる涙と共に、蓋をしていた過去の記憶が溢れて脳裏を駆け抜けていった。過ぎ去りし日々が浮かんでは消えて行った。
少年の日が。
やがて思い出が尽き、涙も枯れ果てた時、ガーダインの目はどんよりと濁っていた。
抱きしめていたクラウディアを床に横たえ、別室に待機していたビショップたちに連絡を取り、カイオス長官を連れてくるように命じた。
「パラダイスに直接乗り込み、アダムとイブを再起動する。クラウディア・レネトン、オーウェン・カイオス両名を、衛星管理センターもろとも爆破する」
通信が切れると、ガーダインは足元で仰向けに倒れているクラウディアを見下ろし、そっと膝を折って顔を近づけた。指を組ませ、ポケットから取り出した髪留めを胸元に置く。棺に入れられた死者に対するかのごとき丁重さだった。
そう、棺なのだ。もうすぐここは巨大な棺桶になって、このひとは火葬に処される。
少年の自分や父母や過去と共に、いらないものは全て塵になる。
永遠の別離はすぐそこに来ていた。
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