――我々バリアンは人間とは違う生き物だ。
深く負った手傷を癒す場合を除けば眠る必要はないし、活動のためのエネルギーは大気中から常時摂取しているので空腹と呼ばれる感覚もない。食物を取り入れる口もないし、消化や吸収のための内臓もないし、老廃物を出す場所もない。
いわゆるないない尽くしだ。
ミザエルによればそのないない尽くしは<無駄な機能に振り回されている下等生物・人間とは違う証>らしい。
『ここから人間界を観察しているとよくわかる。奴らは食うこと寝ること出すこと、異性とかいう体つきの違う同族との特殊な肉体的コミュニケーションへの欲望に取りつかれている。実にランクの低い連中だ』
「はーん。まあ、人間嫌いのあいつらしいコメントだな」
――だが、そうだろうか。
ほんとにそうだろうか。
その、体つきの違う同族との肉体的コミュニケーションによって、人間は新しい人間を作るという。
しかし我々にはそんな真似は出来ない。
そして我々はいまや、たった七人ぽっちになってしまった……
「七人ぽっち? 五人ぽっち、の間違いだろ?」
――違う。
七人だ。
バリアン七皇なのだから、七人だ。
「あっそう……まあ、いいぜ、お前ン中ではそうなんだから、そういうことにしておいてやるよ。
それで?」
赤い空にぽっかり空いた黒い穴、昼も夜もないバリアン界の海辺で、ドルベとベクターは佇んでいた。
この悪意の海は酸で出来ている、危ないから近づいてはいけないとかつて言い聞かせていた同志が姿を消してからもうずいぶん経つのだと、寄せて返す波を見つめながらドルベはぼんやり思った。
いいかい、お前たちの体はまだ成長途中だから、この海に耐えるだけの硬い皮膚ができていない。私やメラグがいないときに、勝手に海へ近づいてはいけないよ、わかるね。
伝説では、海の底には神様がいるという。いつかお前たちが大人になったら、みんなで探しにいけるといいね。
そうしたら神様にお願いをしよう……
(そう諭していた彼が、こうしてベクターとふたり海を訪れた私を見たら何と言うだろう? まだ危ないと叱ってくれるだろうか? それとも、もうお前たちも一人前だからなと認めてくれるだろうか?
どちらでも構わない。戻ってきてくれるなら、どんな叱責でも受け入れよう……ナッシュ……)
「……おい!」
苛立たしげな声が、ドルベの意識を呼び戻す。顔を上げると、ベクターが腕組みをして睨みつけていた。
「お前ね、大事なナンバーズ探しもほっぽって、わざわざ俺を呼びつけてグチタレ大会開いたかと思えば、その俺を無視してひとりで勝手にタソガレて、いったいぜんたい何がしたいんですかねェ? 俺帰っちゃうよ?」
「……すまない、ベクター。君を不快にさせるつもりはなかった。ただ、考え込みすぎて……」
「ふん……まあ。そりゃあ? 他のメンツじゃ話し相手にもならない、だから俺を指名したって理屈はわかるけどよ。はっきりいって暇じゃないわけ、俺だって。アホのアリトやギラグ、能無し策無し功績無しのお前やミザエルと違って、いろいろ手回しや下ごしらえに忙しいわけよ。
で、何でしたっけ? 人間と違って、俺らは仲間を増やせない? それが何だってんだ」
「うむ。実は、君にこそ頼みたいことがあるのだ」
ドルベが慇懃な物言いをするのはいつものことだが、それにしても妙にかしこまっている。
ベクターはいくぶん怪しげに思ったが、茶々を入れるのはひとまずやめにして、話の続きを待った。
「……人間の用いる方法で、我々も仲間を増やせないものだろうか?」
「………………………………あ?」
「滅び行く世界の中で、新たなる同胞を私はずっと望んでいた。分身ではなく、個別の意思を持ったバリアンの仲間は我々にとって心強い味方になるだろう。
そして思いついたのだ。人間が行っている、生殖なる同種の固体を増やす術――すなわち、男と女というそれぞれ異なる機能の器官を持つ者たちによる接合行為――を、我々も行えばよいのではなかろうか、と。
どうだろうか」
「どうだろうかってお前……」
ベクターはゆっくりかぶりを振って、後頭部をぼりぼりと掻いた。ドルベのとんちんかんなアイディアが愉快を通り越していっそ哀れで、茶化す言葉も浮かばない。
今までナンバーズ収集を他人に任せて何を考えてるかと思ったら、よもや、子作り計画とは!
(ナッシュとメラグの不在による暫定とはいえ、こんな奴がバリアン七皇のテッペン……)
意識の裏側でドン・サウザンドが笑い転げているのが手に取るようにわかる。ベクターだって笑えたらいいのだが、心の中はむなしさでいっぱいだ。
そんなベクターの心中に気づかないドルベのプレゼンテーションは続く。
「無論これはバリアン七皇としてでなく、私の個人的な考えだ。それゆえ、今まで誰にも言わずにいたのだが……人間界に一番詳しい君に、せめて打診だけでもしたいと思っていたのだ。なにしろ私ひとりの調査では、今一つ詳しい内容がわからなかったのでな。
体内に生成した固体を一定期間保護するという役は何かと苦労がありそうだから、そちらは私が引き受ける。だから君には、同胞の生成に必要な液体の分泌」
手助けってさあ。
手助けって。
もう、こいつ、やっぱばかなんじゃねえの。なんなの。そのあたまでっかちな知識はいったい何のブックスで勉強したの。
「なあ、ドルベよ」つとめてやさしく、嫌味っぽくなさそうに聞こえるようにベクターは語りかけた。
「そいつはな、いろいろな意味で無理なんだよ。
まず、条件が合わねえ。俺達は人間界に行くと自動的にオトコになるが、男同士じゃ基本ガキは作れねえ。
次に、コスパが悪い。一回の行為で人間が作れるのはせいぜい一人か二人で、しかも出すまで何か月もかかる。その間、新しいのを腹に抱えた奴は戦力外になっちまう。
最後、こいつは仮説に過ぎねえが――なんだかんだいって、『こさえる』ときの俺達は人間の体だ。産むのも向こうの世界だろう。その結果として産まれたのが、バリアンの力を何にも持たねえ、ただの人間だったら、お前どうする?
四苦八苦の結果、人間を一匹増やしただけで、何の結果も残せませんでしたァ、ってのは、……
さしもの俺も許してやれねえぜ」
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