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【2025/07/28 04:02 】 |
ショウネンヨワレニカエレ
これにておしまい。
うそあらすじ:悪性伝染病「PSYクオリア」に罹ったことですっかり目ン玉虹色ラリラリヤッホウになってしまったアイチ。同じ症状を抱える末期患者レンレンにそそのかされて新型薬物「シャドウパラディン」に手を出しますますミラクルハッピーワンダホーが止まらない。BBが分身?そんな風に考えていた時期もありました。「床に散らばしたカードはかたづけなさい!」とお説教する薬中患者収容施設職員コーリンをボコって圧勝、自分を見捨てた神様こと櫂・ザ・トシキに今度こそ振り向いてもらおうとニヤニヤしたのもつかの間……/
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=608118 の続きです。中途半端な「輪/るピ/ング/ドラ/ム」パロ、これにて完結。閲覧してくださった皆様、ありがとうございます。/44話を見る限り、櫂くんの頭ン中ではアイチに対してどう接するか決まっちゃってるみたいですね。/そして45話によれば、ファイトしてようがしてまいがアイチのイケイケラリラリはもはや24時間止まらないみたいです。でもやっぱりクオリアには薬物っぽくあってほしいなあと思うので、このお話の中では「ファイト中は人格豹変、終わると元に戻る」という設定になっています。あと井崎くんの家族構成とか、森川くんの戦闘能力だとか、ウルレアは人外だから学校には行ってないとか、その辺りはいつも通りだいたいイメージです。ごめんなさい。/うんめいにっきふう表紙を作ってもらいました! やったぜ!


第三話:「少年よ我に帰れ」

アイチはPSYを飛び出し、再び街を彷徨っていた。降りやまない雨は体温と体力を容赦なく奪ってゆく。冷え切った指先はとうの昔に感覚をなくしていた。

(櫂くん、櫂くん、櫂くん櫂くん櫂くん!!!)

朦朧とする頭で何度も櫂の名前を呼んだ。同じ『力』を持つレンではなく、今しがた口論を交わした井崎でもなく、ただただ櫂の名前を呼んだ。櫂。櫂トシキ。アイチのあこがれ、アイチの神様。その背中だけを追いかけることで生きていた。だが彼はもう自分を見放したのだ。「お前とはファイトできない」と、それだけ言って。

「どうして……櫂くん……」

うつむいて歩くみじめな少年はすすり泣きながら、公園へ向かっていた。かつて励ましの言葉をかけてもらった思い出の場所。未来が絶望だらけなら、せめてやさしい過去に浸りたかった。
池のほとりまでたどり着くと、地面が濡れているのも構わず座り込み、無数の波紋が広がる水面を見つめる。

(一体どうしてこうなってしまったんだろう。一体何がいけなかったんだろう……僕は櫂くんと戦いたかった。そのためには強くならなくてはいけなかった。だって櫂くんがそう言ったから。だから僕は強くなった。カードの声を聴いて、どんなファイトだって勝てるようになったんだ。でも櫂くんは僕とは戦えないと……)
目を閉じて膝を抱え縮こまったその時。


「どうすればいいのか、俺にだってわからない!」


叫び声がアイチの耳に届いた。聴き間違えようもない、櫂の声だ。思わず立ち上がる。「櫂くん。どこ? 櫂くん」
アイチの心に光が差し込んだ。神様は僕を見捨ててはいなかった! 僕の呼びかけに応えてくれた! 僕が弱っている時、神様は必ず僕を救ってくれるのだ!
「櫂くん、そこにいるの? 櫂くん、お願い、僕を、僕と、」


「……ナメてんじゃねぇぞダラァ!!!!」


誰かの怒号と共に、どこからか櫂がもの凄い勢いで吹っ飛んできた。思わず受け止めようとしたアイチを巻き込み、二人して池に落ちる。盛大な音を立てて水柱が上がった。
もがくアイチの視界の中で、虹色が一瞬ちかっと光って消える。それと同時に少年がひとり水底へ沈みゆくのが見えた。鳶色の髪、青い制服。何度となくアイチを救ってくれた、ほんとうのたった一人の神様が、暗い場所へ落ちていく。
アイチは無我夢中でその手を取り、もう片方の手を水面へ伸ばす。勢いをつけて顔を出すと、上から雨と共に罵声が降り注いだ。


「どうすればじゃねーよ! テメーがスカしてんのがいけねえんだろうが! グダグダもったいぶってねーで、一から十までアイチに全部ゲロっちまえばいいんだよ! なんでファイトしてやれねえのかとか! なんでカードの声が聴こえるとダメなのかとか! だんまり決めこんでりゃ、そのうち周りが都合よくわかってくれるとか甘えてんじゃねーぞ、ボケナス! 鼻の穴に指突っ込んで奥歯ガタガタいわしたろかァァーーーーー!

あれ? アイチ、何やってんだお前」


櫂と言い争っていたのは、森川だった。彼は井崎と二手に分かれた後、櫂のいそうな場所をぐるりと一周し(途中で三和タイシや六月ジュンから情報を得た)この公園を訪れ櫂を見付けた。ちなみに傘は途中で壊れたので捨てた。
土管で雨宿りをしていた櫂は森川を邪険に扱い、腹を立てた森川は暴言を吐き、それがたまたま虫の居所の悪かった櫂の逆鱗に触れ……というよくない連鎖の果てに、とうとう彼らはどちらからともなく喧嘩を始めてしまった。
これがカードファイトならば結果は決まっていただろう。だがルール無用の乱闘となれば話は別だ。つい数か月前までカツアゲや暴行の常習犯だった森川はどこを殴ると人が怯むかよく知っていたし、怒りに目が眩んでいたこともあってまっとうな人間なら手を出してはいけない部分にも平気で拳や蹴りをぶち込んだ。事実、最初のうちは一方的なリンチそのもので、森川は鷲掴みにした櫂の頭をぬかるんだ地面に何度も何度も打ちつけた。

『お前だろう! アイチが、アイチが変になったのは、お前のせいだろう! 何とかしやがれ!』

だが櫂も負けてはいなかった。彼もまた、こう見えて裏通りの野蛮な世界に親しんでいる。カードゲームで負けた相手が逆上して襲い掛かることはそう珍しくない。それをかわすために、自然と喧嘩の作法を覚えていったのだ。
一瞬の隙をついて森川に反撃を喰らわせ、頬を殴りつける。

『俺にすべて押し付けるな! 俺が何でもできると決めつけるな!
どうすればいいのか、俺にだってわからない!』



「……それで森川くん、櫂くんを投げ飛ばしたの」
「そーだよ。お前がここにいるとは思わなかったけどな」

森川の手を借りて池から上がったアイチと櫂は、ホラー映画の水死体よろしくべしょべしょと音を立てながらベンチに腰を下ろした。もう雨は気にならなかった。靴の中まで水浸しだからだ。森川は傍らに立ち、まだ忌々しげに櫂を睨んでいる。
「こいつがあんまり頑固だから、頭冷やしてやろうと思ってよお」
「……チッ」
舌打ちする櫂の顔は悲惨、というよりほかにない有様だった。ぱっと見てその人物が櫂トシキだと認識できる人間はそうそういないだろう。そこかしこに擦り傷や引っ掻き傷が付けられていたし、泥まみれの頬は腫れ上がり、顔面の中央すなわち鼻の穴と思しき部分からは鼻血が流れて線になったまま固まっていた。おまけに髪の毛は乱れて汚れ、小枝や藻が絡みついている。つまるところ、彼の整った顔立ちは無残なまでに破壊されていたのだ。
(ちなみに森川も個人を判別できない程に顔面崩壊を起こしていたが、髪型が無事なので何となく分かる)
櫂は腕組みをして何か思案するように黙っていたが、やがて一度だけ深呼吸すると、唐突に問いかけた。「アイチ、お前、どんな時にヴァンガードが楽しいと思う」
「え?」
「俺は、俺の持てる力を使い切り、今そこにある手札と場から最善の手を導き出すのが好きだ。それはつまり、自分の頭で考えて決めるということだ。トリガーという運否天賦の要素は、最後の一押しでしかない。何をヴァンガードに置くか、何をリアガードに呼ぶか、ガードするかしないか、効果を発動させるかどうか。トリガーチェックに持っていくまでは、全て俺自身に勝敗の鍵が委ねられているということだ。
お前は、最近のお前のファイトは、自分の頭で考えていない。『カードの声が聴こえたからその通りに従う』というのは、思考を放棄しているということだ。ゲームのオートプレイみたいなものだ。……俺はそのやりかたが好きじゃない。そういうやりかたでファイトしている人間を見ても楽しそうに見えない。だからお前がその戦い方をする限り、俺はお前とは戦いたくない」
息を吐くのと同時に言い終え、櫂は再びむっすりと口を噤んだ。腹の内を包み隠さず打ち明けることは彼にとって慣れない作業だったし、余計なことを言ってしまったかもしれないという怯えが余計に彼を不機嫌にさせた。
「櫂くん」じわりとアイチの目に涙が浮かんだ。「だって、だって、櫂くんと戦うためには強くならなきゃいけないんだよ。今のままじゃだめなんだ。全国大会の時を覚えてるでしょう? カムイくんがあんなに必死で応援してくれたのに、櫂くんだってミサキさんだってがんばったのに、テツさんには叶わなかった。みんな無駄になってしまった。あんな思いはしたくない。悔しいんだよ。負けたくない。もっともっと強くなりたい。誰より強くなって、そして君ともういちど……もっと……うう……」
それ以上は言葉にならなかった。もうわけがわからなかった。しゃくり上げながら、アイチは櫂くん、櫂くんと繰り返し名前を呼んだ。
本当は夜眠る時、ファイトのことを思い返すと、まるで別人のようだった自分が怖くてたまらなくなることが何度もあった。相手の人にひどいことを言って傷つけるなんて、いやでいやでしょうがないのに(長い間孤独に虐げられていたアイチは、鋭い言葉が与える痛みがどれほどのものか知っている!)、いざ戦う時になるとその思いも消えてしまう。勝利への渇望と、自分の言動への後悔。相反する感情が寄せて返す波のように交互に頭の中を支配して、思考はぐちゃぐちゃだった。
「だって、だって……勝ちたいんだよう……櫂くんと、ファイトがしたい……強くなりたい……カードの声を聴かないでファイトしたら、また弱い僕に逆戻りする! きっと櫂くんは僕を見捨てるよ、そんなの、いやだ、いやだよう」
頬を濡らすものが雨なのか涙なのか、もう区別はつかなかった。顔を拭いもせずにアイチは泣き続けた。
しばらく三人はそのままそうしていた。唯一池に落ちていない森川も、雨に打たれて同じくらいびしょびしょになりながらアイチを見ていた。櫂もアイチを見ていた。アイチはとうとう大声を上げてわあわあ泣き出した。辛いことがあった時はいつも布団の中でひとり声を押し殺して泣いていたアイチにとって、友達の前で泣きわめくのは生まれて初めてだった。
やがてそれも少しずつ収まるころ、櫂がぽつりと言った。

「アイチ。俺とファイトするか」

このうえなくやさしい声だった。森川はぞっとして肌が粟立つのを抑えられなかったが、アイチにはひどく懐かしく感じられた。4年前にブラスター・ブレードをくれた、救いの光を差し伸べてくれた少年がそこにいた。
すがりつこうとして、はっと気づく。「でも、僕はきっとまたカードの声を……」
「それでも構わない。何度でもやってやる。お前が勝っても、俺が勝っても、何度でも、何回でも、ファイトしてやる。そうやっていれば、どうすればいいかわかるかもしれない」
俺も逃げていたのだ、と櫂は密かに心の内で呟いた。だからあんなにいつでも俺は不機嫌だったのだ。かつてレンに対してそうだったように、変わってしまったともだちを見捨てた自分に腹を立てていたのだ。
ポケットからデッキを取り出す。カードには何の損傷もないことを確かめた。「さあ、やるぞ」
「櫂くん……ありがとう、櫂くん……!」
「おい」森川が呆れて言った。「今ここでやるのかよ」
「何か問題があるのか」
忘れていた。海に行ってもカードゲーム三昧だったこの男には、雨が降っている野外でカードファイトをすることに異論を唱えられる理由がわからないのだ。森川は頭を抱えた。
「あー、もー、いいよ。勝手にやってろ」殴られて口の中が切れていたことにようやく気が付き、痛みに顔をしかめる。
「くそ面白くねえ……アイチお前、これだけ俺や井崎を振り回しておいて自分はケロっと立ち直りやがってよお、明日っから覚悟しとけ……アイチ?」
アイチはカードの束を持ったまま、ぽかんと口を開けていた。
「聴こえない……どうして? カードが、何も言わない。何で? さっきまでは……」
櫂は別のことに気付いた。「アイチ、お前、そのデッキは」
<フルバウ>、<ブラスター・ジャベリン>、<ファントム・ブラスター・ドラゴン>、そして<ブラスター・ダーク>……

「そのグレード3よこせ! オレまだ持ってねえやつだ!」
はしゃぎだす森川を押しのけて、アイチからデッキをひったくる。「シャドウパラディン……お前、何故このデッキを? ロイヤルパラディンはどうした!」
「あ……ぼくは……」

アイチの脳裏で記憶が逆回しに再生される。店を飛び出した、井崎くんにひどいことを、レンさんとお茶を飲んで、コーリンさんとファイト……デッキは……そのデッキは……


『ロイヤルパラディンの仲間の使い方って、ゆるかったんですね』


戻らなくちゃ、とアイチは震える声で言った。「ぼくのデッキを……ぼくが置いてきてしまった大事なものを、取りに戻らなくちゃ」




その頃カードショップ「PSY」が店を構えるショッピングモール付近には、人だかりができていた。

「男の子が急に燃えたんだってさ」
「どうして?」「さあ……」

そこにいた人間の誰もが首をかしげた。今朝から降り続いている雨は止むどころか勢いを増している。辺りにはガソリンや油の類もなく、交通事故が起こった形跡もない。
何より不思議なことに、彼らのうちの誰一人として少年が燃え出した瞬間を目撃していないのだ。気が付いたら、そこに火柱となった少年がいたのだという。
駆けつけた救急車が少年を収容し発車する。通報した男性――ショッピングモールの夜間警備員を務める若い男――はふと、地面に落ちている鞄を拾い上げた。学生用の、これといって特徴のない鞄。
(あの子のものだろうか?)
中身を改めたら届けなければ、と思った瞬間、群衆の方からどよめきが上がる。
ずぶ濡れの少年が3人そこにいた。そのうち一人の学生服に男性は見覚えがあった。運ばれていった少年の焼け焦げた灰色の学ラン。確か市内の公立中学校の制服だ。
「君たち、そう君、その制服、後江中学だろう。さっきそこで、君と同じ学校の制服を着た男の子が大火傷して病院に運ばれたんだ。この鞄、たぶん彼のものだと思うんだけど……」
制服を着た少年は呆然としたまま答えない。代わりに、隣の小柄な少年が受け取り留め金を開け、さっと顔色を変える。「井崎くんの鞄だ」引きつった顔で地面に膝をつく。それを立たせながら、一番背の高い青い制服の少年が訊ねた。「どの病院に搬送されたか、わかるか」
「たぶん、ここから一番近い中央総合病院だ。君たち、ちょっと!」
聴き終えないうちに少年達は走り出し、あっという間に遠ざかって行った。
(友達だろうか。喧嘩でもしたのかずいぶんぼろぼろだったし、さんざん濡れていたが)
一番近いといっても、中央総合病院はここから大人でも徒歩30分はかかる。タクシーでも呼んで乗せてやるべきだった、と男性は少し後悔した。


中央総合病院に搬送され手術を受けた井崎は、とりあえず死ななかった。
手術を受けた翌朝には意識を取り戻し、ゆっくりとなら会話を交わすことができた(気管には火傷がなかったためである)。しかし全身を包帯で覆われ身動きが取れなかったし、少なくとも一月は入院が必要だと言われたし、あと一年足らずで用済みになるはずの制服を新調しなければならないこともダメージが大きかった。右耳の後ろから首筋、背中にかけて残った火傷の痕は消えないと言われたが、それよりただれた皮膚のじくじくした痛みの方が辛く、夜になると高熱と共に体を苛んだ。
だが何より悲しいのは、駆けつけた母親や友人にものすごく怒られて泣かれたことだ。母親は若く美しく、井崎とあまり似ていない(彼は父親似だったが、肝心の父親の顔は知らない。生まれた時から井崎家は母子家庭だった)。母親はユウタ、ユウタ、と叫びながら肩を震わせて泣き、何度謝っても泣き止まなかった。友人たちも同じだ。森川は何度も「バカ! バーカ! 井崎のバーカ! 死んだらどうする! バカ野郎!」と喚いて鼻を啜っていたし、アイチは壊れたレコードプレーヤーみたいに「ごめんなさい」を繰り返した。櫂は何か訊きたそうな複雑な顔をしていたが、黙って病室にずっと居座っていた。学校は、と訊くと全員そろって「サボった」と返ってくる。何と彼らは一晩中病院にいたのだという。
「……櫂は、ともかく、アイチ、と、森川は、受験生だろ」
「そんなもんは知らん!」
「行けないよ、学校なんて……」
「いや、行けって……ていうか、家に、電話くらい、しろ」

それから、いろいろな人物が病室を訪れた。まずその日の午後、三和が山ほど荷物を抱えて現れた。櫂は荷物持ちとしてなのか、後ろで袋を提げて立っている。
「本は店長と姉ちゃんから、折鶴はクソガキさんたちから。今度は全員で押しかけるからな。そんでこれはオレから」
大きな紙袋から、しわ一つない新品の後江中の男子用制服を取り出して見せつける。
「お前ってホント、つまんないことで悩むよね。みんなお前のことでこんなに心配してるのに、制服なんか気にするんだからさ。もっと好き勝手にわがまま言って甘えて、早く良くなることだけ考えなきゃいけないんだよ。ほんとにさ……ばかだね……ほんとに燃える奴があるかよ……」
わけのわからないことを言われても困るのだが、泣き腫らした目でじっと見られると、何も言えなくなってしまう。
これが本当の代償なのだ。大事な人のために己の身を削ることで、大事な人の心が削られる。自己犠牲がもたらす副作用を思い知らされた気分だった。
「ごめん、なさい……」
「謝るなよお。もう寝ろ、寝ちまえ。さっさと治して、またカードキャピタルに来い。ほら、櫂もなんか励ましの言葉!」
「……あれはお前がやったのか」
「……何が」
「アイチから、あの力を消したのは、お前か」
「……あんたが、最初からアイチに、ちゃんと、向き合ってれば……こんなふうに、俺が、でしゃばる、ことは、なかったんだ……レンさん、だって……」
「レン?」櫂が目を見開く。「何故レンの名前が出る。……まさか」
「俺は……あの人が、やっぱり好きじゃない。でも、もしアイチのように、あの人もただ、おかしく、なっていた、だけなら……」
「……なあ」三和が恐る恐る口を挟む。「何の話してんの?」

ナギサは見舞いに持ってきた花をガラス瓶に生けながら、本当に運命を変えたのね、と小さく言った。
「あきらめないでと言ったけど……でも、死んだらだめよ」
「そうだな……やっぱり、死んだら、何にもできなく、なっちゃうな……」
「はやくよくなってね。そして恋をするといいわ。もう何があっても死ねなくなるから」
「なるほど。金言だ」
「カムイちゃんも心配してたわ。またファイトしてぎゃふんって言わせてやるからな! って」
「相変わらず、生意気……今度は、負けないって、伝えといてくれ」


レッカは苹果を机の上でピラミッドのように積み重ねながら切り出した。
「フーファイターが事実上解体しちゃったよ。トップの雀ヶ森レンが突然倒れたきり、どうしてだかファイトできなくなって、やっていけなくなったんだって。AL4ナンバー2の新城テツっていう人が今は事後処理を含めて指示しているらしいけど」
「調査の結果、先導アイチと雀ヶ森レン、二人のPSYクオリアは完全に消失したのが確認された」コーリンが受け継ぐ。「あなたの勝ちよ、い…………伊藤……稲永……違う、赤堀……」
「井崎、です」
「井崎くん」スイコが口元だけで微笑んだ。「よくもやってくれたわね。私たちの計画は一から振出しに逆戻りよ。……答えなさい、クオリアをどうやって取り去ったの」
「……方法は、そこの二人から、聞いてくれ……でも、もう、戻せないよ……カードの声を、聴く力は……運命の至る場所に、いって、しまった……日記も、もう、燃えて……」
一度口を閉じる。「アイチの、デッキ……<ブラスター・ブレード>は……?」
「コーリンがバイク便でカードキャピタルへ届けたよ。今頃は本人の手元に戻ってるんじゃない?」
「そうか……なら、いいんだ……」
「よくないわよ。何が運命の至る場所よ、馬鹿馬鹿しい。うちの店の床も天井も焦げるし、計画は台無しだし、騒ぎの張本人は重傷だし、これじゃ八つ当たりもできないわ」スイコは苛立たしげに、見舞い品として積み上げられたゼリーをひとつ手に取って蓋を開けた。
「あー! スイコがひとのもの勝手に食べたー! いけないんだー!」
「いや、いいよ、好きなもん取ってって」
「あらそう。なら遠慮なくいただくわ」
「わーコーリンまで、いじきたなーい。じゃあわたしも貰おう」
「……腹減ってたんだな」
妙な光景だ。病室のベッドの傍らで、女の子が三人ゼリーをつついている。それを横目で見ながら、井崎はだんだん瞼が重くなるのを感じた。喋りすぎて疲れたのかもしれない。ああ眠い。寝てしまおう。眠ってしまおう……。
(今頃、学校では国語の授業の最中だ……本当なら、朗読の順番が俺に回ってくるはずだった……付箋までつけて練習したが、無駄、だったかな……)

「寝ちゃったね」
「帰りますか」
「まだ食べ終わってないわよ」
「コーリン、食べるの遅いよねえ」
「うっさい」
半ばヤケ食いだったスイコ、甘いものに目がないレッカに比べ、美味しいものは時間をかけてじっくり味わうタイプ(そして好きなものを最後に食べようと残しておいて取られるタイプ)のコーリンは、『がっつりみかん0カロリー』をまだ半分ほど残している。手持無沙汰になったレッカはしばらく椅子に座って足をぶらぶらさせていたが、何かいいことを思いついたように立ち上がると、机の隅に置いてあった井崎の学生鞄を漁り始めた。
「こら、なにやってるの」スイコが咎めるのも聞かず、一冊の本を取り出した。
「私、『きょうかしょ』っていっぺん読んでみたかったの。学校なんていったことないんだもん」
付箋のついたページを開いて、線の引かれた箇所を声に出して読み始めた。


「……『僕はもう、あのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか、百ぺん灼いてもかまはない』……



ほんとに、今でもそう思ってる?」

井崎は答えない。深く暗く幻想第四次へ向かっている。



少年 我 帰                   おしまい






井崎はゆっくり息を吐いた。肌がぞわりとするような音だった。兄の同級生とは思えない、老人の呼吸だ。何かがゆっくりと彼を抱きしめているのが、エミにはわかった。ああ、この人にまとわりつく黒いもやもやしたものを、払えるものなら払ってあげたい。
「窓、を、開けて……くれないか……ここ、は、よどん、でいる……」
エミは言われた通りに窓を開けた。日差しと共に暖かい乾いた風がカーテンを揺らす。病院からは、建設中のマンションや更地が見えた。
ありがとう、と背後から微かな声がした。それからまたひゅうーっ、と木枯らしのような吐息が聴こえた。




「井崎さん」エミは振り向かずに言った。「眠ってしまったの? 井崎さん?」





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【2011/11/22 09:48 】 | 短い話 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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