いつだか、どこだか、はっきりしたことは言えませんが、身分だとか階級だとかそういった概念が強く根差した世界、
もっと言えば、主人と使用人という関係が当たり前だった世界のお話です。
あるところに一人の青年がおりました。名前は三和タイシ。
癖のある金髪、わずかに灰色がかった青い瞳が印象的な甘いマスク、弁舌さわやかで社交的、家柄は申し分なく財産はそこそこと、非の打ちどころのない優良物件紳士との評判でした。
多少女性にだらしない部分もありましたが、それもまた本人の魅力によるもの、堅物すぎず結構だと、問題にされるどころか好意的に受け止められておりました。
いずれ家同士を結び付け子孫を増やし繁栄させる種馬候補として見られる以上、そういったことにお盛んなのはむしろ歓迎される性質だったのでしょう。
ところがどっこい、この幸せなお坊ちゃん、すこしばかり羽目を外しすぎました。
訪れた避暑地で繰り広げる一夜こっきりのアヴァンチュール。夏の思い出の一ページとして終わるはずだった逢瀬が相手の両親に知れてしまい、何だか面倒くさいことになってしまいました。
家同士で内密に行われた示談によって事態は収束し、世間一般に広く知れ渡ることもなく、とりあえずその問題は丸く収まりました。しかし父親である当主の怒りたるやすさまじいもので、曰く、、
「お前は何度か似たようなことをやらかしておるが、私は今までそれを別段咎めはしなかった。
しかしそれは、今までお前の手のついた娘が裏路地の野花、雑草の如き下流階級であったからこそ。故にはした金での口封じもたやすく、さしたる騒ぎにもならずに済んだ。
だが今回の相手はそうはいかなかった。うちより遙かに身分の高い貴族の末娘で、なんでも傾きつつある家を建て直すために成金と婚約させる予定の、いわばお家復興の切り札だそうだぞ。唯一の嫁入り前の娘があやうく使い物にならなくなるところだったとあって、先方は大変お怒りになっていた。口封じ料でうちがどれほど毟り取られたか、お前は考えたことがあるのか?」
とのことでした。
青年タイシはその長々と続く説教を右から左へ聞き流し、欠伸交じりに「あのさあ」と切り出しました。
「終わった話なんだからもういいじゃん。だいたい、そんな大事な駒ならもっと屋敷に囲っておけばよかったんだよ。田舎臭い侍女とふたりで呑気にぼけっと茶ァしばいてたから声かけただけだし、聴きもしないのに家の事情を涙ながらに延々語った挙句『結婚前にいい男と恋がしたいんですぅぅ(要約)』とか熱っぽい視線をビンビン飛ばして言うもんだから、まあこっちも少々夏の暑さに浮かれてたことですしー、思い出づくりに協力してあげただけだっつーの。
むしろ責任とって結婚しておくれって流れにならなかったんだから、喜びなよ。つーか逆に黙ってて欲しけりゃ金寄越せって言って、こっちから搾り取ってやりゃよかったのに。
……オレ、晩餐会に出席する予定あるんでもう出てっていい?」
「タイシ!」
「うちだって金が有り余ってるって程じゃないじゃん。爵位欲しがってる成金のおうちの御嬢さんでも、みつくろいに行ってくるね。持参金をいーっぱい包んでくれるような、さ!」
時代の流れに乗って財産を築いた「成金」と呼ばれる人々は、けして金では買えない肩書き――爵位を手に入れることを欲していました。
それを可能にするのは、先祖代々の土地やら何やらの運用がうまく行かず、少しずつ財布が軽くなっている「貴族」と血族になること。すなわち、結婚である。
成金の家の息子なら、貴族の娘と結ばれればいい。娘なら、貴族の息子と結婚し跡取りの男子を産めばいい。
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