なんでこんなことになったかって?
いつものようにカードキャピタルを訪ねた俺は、とある異変に気付いた。
アイチと森川が、ただならぬ仲になっていたのだ。
前からちょいちょい様子がおかしなこともあったが、今日のは決定的
むろん本人たちは周囲にバレないよう、細心の注意を払っているつもりだ。が、まあ、そこは若者、隠せば隠すほどにボロが出る。
ちょっと手が触れれば大騒ぎ、向かい合って座れば気まずい沈黙、ファイトしてもお互いひどいプレイングで(そのせいか互角の状態で展開が膠着している)、
見てるこっちも気が気じゃない。はっきり言って、いっそ「ぼくたちおつきあいしてます」って公言してくれた方が、かえって気が楽になるってもんだぜ。
少し離れた場所にいる井崎も、そんな風に呆れながら見てるんだと思った。
「あんな状態の二人に挟まれて、お前も大変だねえ」
だからこれも、ちょっとしたからかいとねぎらいのつもりで叩いた軽口だった。
ははは、まあ、しょうがないですね、とか、そんな生返事を予想してた。
はずだったんだよ。
でも、その時の井崎の表情は、あれは、
まばゆいものを手の届かない場所からみつめる人間の顔だった。
求めてあがくこともせず、かといってきっぱりと断ち切れもせず、半端な未練を引きずりながら、
ただぼんやり佇んでいる。
そんな顔だった。
「…なあ、おい。大丈夫か?」
「……え、あ、……ああ。ほんと、大変ですよ」
力なく苦笑して、井崎は二人に背を向けた。「アホらし。ははは。三和さん俺とファイトでもします?」
「いやあ、オレ、今日は櫂の付き添いでちょっと寄っただけだから。すぐ帰るんだわ」
「付き添いて」
「お前は?あいつらと一緒に帰んの?」
店内の奥では、アイチと森川が先ほどからのファイトをぎこちなく続けていた。双方があまりにルールをとちってばかりいるので、見るに見かねた櫂が何かしら口を挟んでいる。コミュニケーション不足気味のあいつがわざわざ介入するなんて、珍しいこともあるもんだ。
「あー…俺も、もう帰りますよ。邪魔しちゃ悪いし。というか、あれに挟まれて帰んのはちょっとね」
しんどい。かすかなつぶやきが溜め息に混じってこぼれた。たぶん言葉を濁したつもりだったんだろうけど、オレには聴こえちゃったよ、残念。
友達と、好きな子が、結ばれたので、自分は身を引きます。なるほどうるわしいおはなしだ。
誰も悪くない。みんなやさしい。でもみんなが幸せにはなれない。
だからそのからくりに最初に気付いた奴が、もつれかかった糸をヒュッと上から引いて、人物を正しい位置にもどしてやらなくちゃならない。もつれていたことさえ隠して、全て滞りなく進むようにね。
これで大丈夫。みんな幸せ。おはなしはおしまい。
だがオレは、そんなおはなしが心底きらいなのさ。
「井崎くんよ」
「『くん』!?」
キショクワルッ! のけ反る井崎の背中を思いっきりはたいてやる。
「うちくるぅー?」
「いくいー……なんで?」
「別に。勉強でも教えてやろうかと思ってさあ。あっちがお取込み中の間に、トンズラしちまおうや」
とっておきのいいひとスマイルを向けてやる。こんなサービスめったにしないんだぜ。
井崎はぽかんとオレを見てたけど、やがてこっくり頷いた。
あーあ。こいつがもうちょっとだけ冷静にものを考えられていたならね。お気の毒。
「じゃあ、まあ、お言葉に甘えて」
これが、ことに及ぶ前に起きたこと。
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