今日泊めてください。
「えっ」
他人の暴走を止める役ばかりこなしているからだろうか。
誰かを頼ったり巻き込んだりするときも、こいつは微妙に腰が低い。
(物言いこそ投げやりだけど。どうせまたひとりでダメージ受けて苦しんだんだな。おかわいそうに)
「まあ、オレぁ別にいいけど。あとついでに夕飯作って風呂掃除してくれると、すげえ助かるなぁー、なんつって」
「構いません」
(今のはつっこみどころだよ。いつもみたいに苦笑いして切り返せよ)
どうもやりづらい。
結局、井崎はオレの家に寄り、甲斐甲斐しく夕飯だの風呂掃除だのといった家事をこなした。
淡々と。何も言わず。
オレはといえば何となく手持ち無沙汰で、仕方がないからコーヒーを淹れてやった。これは割とコツを心得ているから、自信があるのだ。マメな男って感じがして女受けもよくなるし。
でも野郎二人が黙ったままコーヒーをすする様は、実に気まずい光景だった。
オレが沈黙に耐えきれず点けたテレビを、井崎はぼんやり眺めている。
トビハゼがとりとめなく歌う画面の何が琴線に触れたのかは、ちょっとわからない。たちかぜなんて使ってるくらいだから、爬虫類やら両生類やら、あの手の生き物が好きなのかもしれない。
今日は夜更かししていいんだ、だって金曜日だからね。そんなどうでもいい歌が、のそい動きのトビハゼに合わせて流れる。
やがて歌が終わり、日付が変わると、井崎は一言「ありがとうございます」とだけ呟いた。
「どうにも、自分でモノを考えるのが億劫になっちまって…三和さんあれこれ注文うるさいから、気が紛れたっていうか、なんか、楽になった気がします」
利用してすんません。律儀に頭まで下げる。
こういう奴が、いらない苦労を勝手に背負いこんで、勝手に傷ついて、ひっそりと泣くんだ。
「…じゃあ、俺が命令したら、ゆーこと聞いてくれんの」
「無理のない範囲でなら、仰せのままに」
ふざけているの?
自分の身の振り方なんかどうでもいいって思ってるの?
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