初めてここへ来たのが金曜日。
二度と来ないと誓ったのが土曜日。
そして今日は日曜日。
俺は今、三和さんの住むこじゃれたマンションの入り口に突っ立っている。
(生来流されやすい性質だと思っていたけど、ここまで俺は意思の弱い人間だったか……)
若干、いやかなり情けない。一体何を考えてるんだ、危機管理についての反省が全く生かされていないじゃないか。また三和さんと一対一でやりあう羽目になったら、今度こそ何が起こるかわからないっていうのに!
と、ひとしきり脳内で己を責め立ててはみたものの、空しいばかりである。それに、この度の訪問には一応、のっぴきならない理由があるのだ。
ともあれ、ここでぼんやりしていても始まらない。深呼吸して携帯を開き、三和さんからのメールを見ながら右手側に設置されたインターホンに住戸の号数を打ち込み、間違いがないかどうか確認して呼び出しボタンを押した。
『はいはいどちらさん?ユキノちゃん?ナツヨちゃん?もしかしてリエぴょんかなあ?』
能天気な声がスピーカー越しにざらざら飛び出る。どちらさん、などととぼけてはいるが、この手のオートロックマンションでは部屋から来訪者の様子が確認できて当然である。
三和さんは今日もおちょくりモード全開らしい。
根っから悪人でないことはわかっている。たぶん本当はとてもいい人だ。それでも、こちらが油断していると悪気なく、そして容赦なく一撃喰らわせてくる人物、それが三和タイシという人間だ。少なくとも俺はそう思っている。
「ハイ残念俺でしたー俺ですー井崎ですよー」
『えー?なんだー井崎かーいらっしゃーい。今服着て迎えに行ってあげるから、ちょっと待っててねー』
「えっ、いや、普通にここ開けてくれれば自分で行きますから、て、おい聴けよォ!……切った……」
どうやら三和さんはわざわざここまで来るらしい。
身構えたつもりで、あっという間に向こうのペースに乗せられてしまった。気がしないでもない。
行儀悪く壁にもたれかかって待つ間、暇つぶしがてらに辺りを眺める。以前ここを通ったときは頭が混乱していたせいで素通りしてしまったが、改めてまじまじ観察すると、何と言ったらいいか、住む世界が違うなあと思ってしまった。
ぴかぴか光る金色のアルファベットでマンションの名前が書かれた入り口も、自動ドアの向こうに見える市松模様の床と吹き抜けの天井を持つエントランスホールも、人の住む家っていうより都会の大きな商社ビルとか、ホテルみたいな雰囲気だ。
もしかしたら警備員が始終見張ってて、俺みたいな住人でもない一般庶民がうろついてたらつまみだされるんじゃないかとひやひやした。
「おいすー」
自動ドアが開いて、三和さんが現れる。Tシャツ+パーカー+ジーンズのラフな取り合わせでも、さっくり着こなすんだから、ちきしょうイケメンって奴は。全く。
「どうも」
「あれー何で井崎制服なのー?日曜だよ今日」
「…学校に、忘れ物取りに行く予定があるからですよ」
そんな予定はない。休日の家での私服は「着心地はいいがとてもよそさまにお見せできないTシャツ」+「学校指定ジャージ」なので、何も考えずに着替えるのはこれが一番だっただけだ。
「なんだ。せっかく俺がファッションチェックしてあげようと思ったのに」
「御免こうむります」
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