その晩の夢はひどかった。
焚き火をはさんでオレと井崎が向かい合っている。オレは羊番で、井崎は羊だ。
オレは夢の中でこれは夢だと気づいても、その不条理を眺めるしかできない。世の中には夢をコントロールできる奴もいるらしいけどね。
だからただ呼びかけるしかなかった。「おい、あんまり火に近いと焦げてしまうぞ。火を見つめすぎると、火の粉が目に入ってしまうぞ」
羊は「めえ」と一声鳴いて前へ進んだ。途端に炎が勢いを増す。
「お前はどうして何もしないんだ。欲しいものを取られてつらいのに、その想いを隠して生きたらなおのことつらいだろう。奪うか、遠ざかるかしなければ、お前きっとおかしくなるぞ」
羊が井崎の声で喋る。「平気ですよ」また一歩進む。あっという間に炎が井崎を包んで、大きな火柱になった。
平気なんだろうか。オレは黙って見ているばかりだった。炎の中で羊になったり人間になったりを繰り返す井崎の表情は、ゆらめく陽炎にまぎれてよく見えない。
「大丈夫なのか」
「大丈夫、大丈夫。今までこうしてきました。これからもこうしています」
声がだんだん小さくなると共に火柱も細くなり、やがて燃え尽きた。その跡から出てきた井崎は、焼け焦げた黒い塊だった。もう羊にはならなかった。人間の形の炭のまま、二度と喋らなかった。
オレは井崎だったその炭を抱き寄せたけど、すぐに腕の中でがさりと音を立てて崩れてしまった。
どうして大丈夫なんて言葉を信じたんだろう。どうして無理にでも引っ張り出してやらなかったんだろう。
黒く煤けた手を見つめながら、火の気が消えた暗い冷たい荒野の果てで、オレはいつまでもそこから動けないでいた。
吹きすさぶ風に鞭打たれて体が痛かった、ような気がしたのは、目覚めたオレが床に転がっていたからだった。
ベッドでは井崎が、昨日のことなんぞすべて忘れたような幸せ顔で、しかも頭と足が逆向きの状態で爆睡していた。
(このガキ…やっぱり首絞めたろか)
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